教育者としてのアーノルド・ジェーコブス(A. Jacobs)氏の姿に迫るため、「ブレスビルダー」等の呼吸法練習器具を導入した彼の研究の経緯を連載で紹介しています。
ブライアン・フレデリクセンの著書”Song and Wind”より、抜粋して翻訳を続けます。
以下、訳出。
呼吸器系の様々な用途
呼吸器系の筋肉の第一の用途は、気体の交換、つまり生命を維持するということです。これは呼吸器系の筋肉によって支えられた生命の三つの現象のうちの一つです。
呼吸筋の第二の用途は、抵抗が均質にかかることにより筋肉が硬直する、筋収縮です。これは、スポーツや戦闘には役立ちますが、管楽器演奏には関係しません。
第三の用途については、ジェーコブスがこう述べています。「肺については、私はテューバや歌、トランペットといった楽器演奏の勉強でではなく、排泄や分娩の研究、すなわち息の圧力とはいかなる現象なのかを研究するうちに、非常に多くのことを学びました。」
骨盤底筋群の脆弱化に起因する症候群では、呼吸筋は分娩にも排泄にも使用されます。腹筋群の圧迫により腹腔の内圧が上昇し、気管は内圧を維持するため閉塞します(バルサルバ法)。体内では相当の内圧がかかっており、これは管楽器演奏に必要な内圧をはるかに上回るものです。
ジェーコブスは、しばしばマスタークラスの学生に、改造して最大限の空気圧をかけた血圧計に息を吹き込ませました。すると学生は、せいぜい3ポンドの静止空気圧しか吹き込めないのです。膨大な圧力がかからないよう、肺の中にあるセンサーが組織を保護するからです。
次に、ジェーコブスは、学生を床の上にまっすぐ仰向けに寝かせ、均等な抵抗でもって腹筋を緊張させます。小柄な女性の場合は(たいていジェーコブス夫人でしたが)、胸部と腹部の筋肉をつかって立たせます。
ジェーコブスはこう述べてます。「私は、金管楽器のなかでもっとも空気圧のかかる大勢のトランペット奏者を測定しました。その結果、ほとんどの人が3ポンド以上の空気圧を加えることができませんでした。0.5-1.5ポンドが平均でしょう。もし彼らが全力で歩いたとしたら、2-3ポンドの圧力をかけられるかもしれません。」
このデモンストレーションからわかることは、腹筋群は3ポンド程度の空気圧にしか耐えられないけれども、100ポンドあるいはそれ以上の空気圧に耐えることも可能であるということです。「物理的に、私たちの肺は、これほど強い空気圧を用いることのないよう反射能力を備えています。これらの筋肉に大きな力が加わるとき、肺は絶えず反射的に補正を行っているのです。自身を肥大させる筋肉の力を弱める作用が働いているのでしょう。2-3ポンドの強力な力を使うなんてばかけていますから。」
腹筋を過度に収縮させる必要はないのです。腹筋が呼吸器系の潜在能力を制限するからです。これは長年管楽器奏者が教えられてきたtight-gut 方式と正反対の考え方です。
呼吸の際、人間の息はまず、空気を胸の中へ取り入れ(吸気)、それを吐き出します(呼気)。この二つの動作によって呼吸が成り立っているのです。平均的な成人はふつう、覚醒時に約16回/分、睡眠時には6-8回/分の呼吸をしています。ストレスがかかれば、この比率は100回/分にまで増大します。
(Frederiksen, Brian: Song and Wind. U.S.A., 1996, p.99-100)