今回からは、アーノルド・ジェーコブス(A. Jacobs)氏の教育者としての側面に焦点をあてて、最終的に「ブレスビルダー」等の呼吸法練習器具を導入した彼の研究の経緯を追っていこうと思います。
ジェーコブス氏のアシスタントを務めたブライアン・フレデリクセンの著書”Song and Wind” の後半部にわかりやすい説明が載っていますので、まずはこれを部分訳しながら連載で紹介していきます。
以下、訳出。
アーノルド・ジェーコブスが管楽器演奏に呼吸器系の研究を応用した世界の第一人者であることは、多くの人々の知るところです。ジェーコブス以前に管楽器に関する諸原理のほとんどは存在していないといえます。19世紀にも類似の研究は行われていましたが、研究対象は主に、要求される呼吸方法が管楽器と異なる、体の大きい男性の声楽家でした。そして、小柄な男性そして女性がぶつかる問題の多くは、大柄の男性向けのテクニックをすべての人に誤って適用したことに原因があるのです。長い間、金管楽器の指導者のあいだでは「tight-gut方式」が良いと考えられてきました。当時の演奏者たちは、このスタイルで演奏するよう指導され、演奏に関わる様々の要素のなかで横隔膜はほとんど度外視されていました。
今日、ジェーコブスは管楽器演奏の呼吸法に関する知識のパイオニアです。彼は長い時間をかけて、呼吸の正常と非正常について独自の研究を行いました。ブルース・ダグラス、ベンジャミン・バロースといった医師がジェーコブスとともにこの研究に携わりましたが、その多くが「ジェーコブスは、医者よりも呼吸器の仕組みをよく知っている」と述べています。ジェーコブスは独学で学んだにもかかわらずです。それもそのはず、医者というものは、ジェーコブスと違って呼吸器の生理学的関心よりも病気に興味があるのですから。しかし、ジェーコブスは自身の限界をしっかりわきまえていたので、自分の学生が身体に医学的問題があると感じるとすぐに、医師に相談するよう助言します。
子供の頃に、ジェーコブスは生理学に接していました。父親のアルベルト・ジェーコブスが医学を専攻していたからです(結局彼の父親は卒業しなかったのですが)。アーノルド・ジェーコブスは、限定的にではあれ人体の生理学的知識を上手く活用した演奏家として、管楽器奏者に大きな感銘を与えました。シカゴ響に在籍したての頃、ジェーコブスはかかりつけの医師をたずねています。
「1940年代初めに私がよく通っていた医師は、私にこういいました。『あなたは音楽ばかりやりすぎでいる。いつも音楽、音楽、そればかりだ。あなたには趣味が必要ですよ。ほかの事もやらなくては。』彼は私にゴルフをさせようとしていたようでしたが、私は足が悪くてできなかった。それで決めたのです。趣味で人体の構造と機能の研究をしようと。子供の頃から興味があったので。私は夢中になって取り組みました。」そしてその研究が生涯にわたり続くことになったのです。
(Frederiksen, Brian: Wind and Song. U.S.A., 1996, p.97)